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1979年、カリフォルニア。 ショーダンサーで日銭を稼ぐルディ。 ゲイであることを隠して生きる弁護士のポール。 母の愛情を受けずに育ったダウン症の少年・マルコ。 世界の片隅で3人は出会った。 そして、ルディとポールは愛し合い、マルコとともに幸せな家庭を築き始める。 しかし、幸福な時間は長くは続かなかった。
 
ショーダンサーのルディの隣の部屋の隣から、大音量の音楽が流れる。
ルディが文句を言いに行くと
女性が出てきて
「関係ないでしょ。オカマ野郎!」と悪態をつく。
そして彼女は出かけた後、麻薬常習で逮捕され、家に帰ることはなかった。
一人残されたダウン症の息子(マルコ)。

施設に預けられたマルコは、脱走するが、
道がわからずフラフラ歩いていると偶然ルディに会う。
「家に帰る。ママのところに。」
ママのことは嫌いではないらしい。
ママはもう帰ってこないので家に連れて帰るルディ。

唐突に母性(父性?)が目覚め、
弁護士を強引に巻き込み、マルコの保護を思い立つ。
 
「出所までの間、マルコの面倒をみるので書類にサインを」

と拘置所の母に会いに行く。

母親は
「あの子は元気?」
「いくら払えばいいの?」
「タダで面倒見るの?」

と静かに答える。
児童施設よりも、隣のオカマ野郎に息子を託す。

母親は麻薬常習者ではあるけれど、マルコに愛情はあったと思う。
マルコが初めてルディの家に来た日、
「ドーナツ食べたい」と言って、パサパサのビスケット出されたときの、ゲンナリした表情。
ママのドーナツが大好きなんだよね。
買った物かもしれないけど。
14才の男の子になぜかお人形を与えてるけど、
親子関係は悪くなかったのではないか。

裁判で正式にルディとポールの家で保護されることになると、
素敵な部屋とおもちゃを用意され、マルコ嬉し泣き。
マルコは現状をすべて受け入れて生きている。
パーティーではディスコダンスを披露したり、
ハロウィンで面白仮装でごきげんだったり、
マルコのかわいい性格が全面に出ています。
ダウン症の特徴なのかもしれないけど、
基本的にはダダをこねたりしません。

↓ネタバレ↓

3年間服役のはずが、母親が1年で異例の仮出所。
ルディ達は「麻薬常習者のもとに返すわけにはいかない」と意義申立てをするが、弁護士に断られつづけ、黒人弁護士が引き受ける。

チョコレートドーナツは、黒人も暗喩していると思われるが、
頭の良い黒人弁護士でも、差別社会には勝てなかった。

マルコは母の元に返されるが、また麻薬に溺れる母。
「廊下でちょっと待ってて。ママがいいと言うまで」
と家を出される。

いままで従順だったマルコが初めて意思を持ち、
ルディたちの元に帰ろうとするが迷子になり、
三日後ひっそりと橋の下で命を落とす。

母の言葉は強い口調ではなく、語りが優しい。
麻薬と男に流されているが、悪い人ではない。
ただただ、弱くてダメな人だ。
 
お人形を抱いた少年が、夜道をトボトボと歩いていても、
誰も声をかけないのか?
一人でおつかいに行かせることすら虐待だと言われる国で。
 
原題は『Any Day Now』(いつの日か)である。
原題のままでよかったんじゃないの!?
タイトルにドーナツ持ってきて、
甘くハッピーな話を連想させて、ひどいラストである。
 
当時のアメリカの児童施設が、オリバー・ツイストの時代のように劣悪な環境であったかどうかはわからないが、とにかく施設に送ることを拒んだ。
 
ルディ達は、服役中(3年)という約束でマルコを預かるが、その後のことまで考えていたのか不明である。
母親が出所して監護権請求をしたら負けることはわかっていたはずだ。
ゲイカップルと幸せに暮らした1年を、マルコの幸せのように描いているが、それは本当にマルコのためであったのか?

ゲイ、黒人、障害者が差別にさらされ、白人の麻薬常習者が権利を守られるという理不尽さがテーマかもしれないが、御都合主義すぎないか。
あまりにも理不尽で、本当の話か調べた。

『1970年代のニューヨークのブルックリンでゲイの男性が育児放棄された障害児を育てた」という実話に着想を得て製作された映画 ウィキペディアより

ダウン症かどうかはわからず、
ゲイのカップルとか、親が麻薬常習者とか記載がなく、
障害児がその後どうなったかも全く不明っっっ!
 

孤独に死んだ子供はいなかった!
と思うと、ちょっとだけ救われた...気がしました。
詳細は不明だけど。 

余談。
マルコ役のアイザック・レイヴァは、ダウン症ですが演劇の学校に通いました。
彼の夢を叶えてくれたお母さん、
先生達の尽力を考えると、実話の方のほうに心を打たれました。